名古屋地方裁判所 昭和43年(ワ)3376号 判決
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〔判決理由〕被告の抗弁について判断する。
<証拠>を総合すると次の事実が認定でき、後記採用し難い証拠のほかは他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
(一) 本件事故現場は、前記場所を通ずる主要地方道乗鞍公園線(登山道)の乗鞍山頂より平湯峠へ至る路上であり、その幅員は本件事故現場附近において多少広くなつて約6.5米あるが、非舗装で石塊等が露出し、やや、でこぼこしており、特に西側部分は秒利が寄せられたように推積し車両が滑り易い状態であつた。そして、右道路の東側は山、西側は谷で、南北にゆるやかな下り勾配(5/100)となつており、現場付近より東方向へゆるやかにカーブしている。
(二) 被害者は原告らとともに前夜乗鞍山頂に一泊し、本件事故当日午前、原告らは自動車で下山し、被害者は携帯した組立式のサイクリング車に乗車して一足先に、乗鞍山頂から平湯峠に向けて下山することとなつた。そこで、被害者は、ペダルの締め付け金具で足趾部を固定した被害車を操縦して右道路の下り勾配を南から北へ進行して本件事故現場手前にさしかかつた。ところで、当時、右道路は下りの一方通行の規制がなされていたが、交通は相当渋滞し、山頂から本件事故現場付近へかけて車両は珠数繋きになつて進行していた。
(三) 他方渡辺は加害車を運転して山頂から平湯峠へ向い、右渋滞車両中の一車として先行する大型バスに続き右道路を北進し時速約二〇粁で本件事故現場を通過しようとしたが、その際、加害車と道路西端との間には一米余の間隔があつたもののこの間は前記(一)認定の如く砂利が寄せられて滑り易くなつていた。
(四) ところで、被害者は加害者の後車を追い抜き、本件事故現場において加害車の左後輪の前部付近を加害車と並進する格好となつたが、その途端右砂利部分に被害車の車輪がとられてスリップし、被害車に跨つたまま加害車に向つて倒れ込み転倒した被害車を加害車の左後車輪が轢過し、ために、同日被害者は死亡するに至つた。
以上認定事実に、被害車の運転者が被害車のペタルの締付け金具で足部を固定した場合、急停車等により直ちに足をはずし地面に足をつくためには、咄嗟に足を後方にずらしてはずすことが必要であり、それ以外の方法では足はペタルから解けないこと、被害車のサドルは通常の自転車に比しかなり高く停車時には多少不安定たるを免れないこと、被害車のハンドルの幅は一般の自転車に比し相当に狭く、したがつて、常に、ハンドルの幅よりも運転者の肩幅が広く、運転者はハンドルよりも相当路面に肩をはみ出した状態で走行することとなること<証拠略>事故直後、被害者は被害車の下になつて転倒していたこと、被害車は重量一〇余屯もある加害車によつて直接轢過された状態ではなく(出血、外傷なし)、一見、脳震盪の如き症状を呈していたこと<証拠略>、加害車の運転者渡辺は、加害車を運転し時速約二〇粁で本件事故現場に至つたとき、左のバックミラーに、ちらつと赤いものが見えたので直ちに急ブレーキをかけて停止したこと、被害者が前記の如く転倒した際、渡辺や加害車の乗客は誰一人ショックを感じたものはなかつたが、コッンという音を聞いたものがあること<証拠>等の事実を彼此総合して考察すると、本件事故は挙げて被害者の一方的過失に基づいて発生したものと認むべく、渡辺の過失を肯認することは困難である。すなわち、被害者は滑り易い砂利道の下り坂道である乗鞍登山道を、しかも、渋滞車両の側方をぬつて自転車で下山しようとしたものであり、このこと自体、いささか慎重さを欠いた下山方法であつたものといわねばならないのであるが、さらに、前認定の如き構造をもつ被害車のペタルに締付け金具で足を固定したまま、前認定の道路状況を全く考慮せず、まん然下り坂道を時速約二〇粁以上で、右側方の車両を追い抜き或いは並進した過失により、前記の如く砂利に車輪をとられて被害車ごと転倒し、折悪しく右側方を進行していた加害車左後輪前部に倒れ込み、因つて、死の結果を招来したものといわざるを得ないのであり、渡辺には伺らの過失もなかつたものと認めざるを得ないのである。
尤も、<証拠>には、「加害車が被害車を追い越したような状態で、加害車が左に寄つたため、被害車のハンドルが加害車に触れて転倒した」旨の部分があり、証人川原重雄は「被害者は、右肩が加害車の車体に触れて一回転し、後部を車輪の方へもつていつて倒れた」旨証言するが、これら両者の証言を仔細に検討して前掲各証拠と対比し、かつ、前認定の諸々の事実関係に照すと、これらはにわかに措信し難いものがある。また、検証の結果によれば、加害車は前認定の如き道路の東端から約2.7米、西端から約1.1米の地点を進行していたことになるが(尤も、<甲第一号証>によると、右位置は道路中央より若干左((西))寄りとなつている)、さりとて、この故に、本件事故発生につき渡辺に何らかの過失があつたものとはなし難い。けだし、加害車が被害車を追い越し或いは追い抜いたとの原告主張は事実に添わない主張であることは上来説示したところであるうえ、前掲各証拠によれば、当時自転車により山頂から下山する者の如きは殆んど無く、かつ、渡辺としても自転車による下山者が、後方から加害車に追いつき、これと並進するようなことは全く予期できなかつたことが認められるから、渡辺に対し道路をより右にとり、加害車の左側を広く空け、以つて、加害車を追越し、または追抜こうとする自転車との接触事故を未然に回避すべき注意義務を賦課するのは明らかに相当ではないからである。
その他、渡辺に何らかの過失があるのではないかとの疑念を惹起すべき証拠はなく、ひつきよう、渡辺は無過失であつたと認めるのほかはないのである。
そして、加害車には構造上の欠陥または機上の障害はなかつたことは本件口頭弁論の全趣旨に徴しこれを肯認することができる。
以上の如きであつて、被告の抗弁は理由あるものということができる。
(可知鴻平)